皆さんから投稿された「古い写真、昔の写真」を地域別・年代別にご覧頂ける写真サイト、
「オールドニッポン(日本写真地図)」の別冊版です。
古い絵葉書や写真集など当時の出版物を通して昔の日本をお楽しみください。
鯨の解体
 


1930年頃、東牟婁郡太地町で水揚げされたクジラです。
大きなウインチかクレーンで陸に揚げたのでしょうか。

これよりもっと昔のクジラの解体というと、砂浜に引き揚げて
村人が総出でバラバラにしていく図を想像していたのですが
下のような絵(作者・年代不詳、推定江戸時代)を見つけました。

陸まで引き揚げず、波打ち際で解体しています。

確かに浮力の無い陸に引き揚げるのは大変な労力ですし
海中だと解体とともに出る血も自然と流され、便利かも知れません。

「なるほど!」と思った一枚でした。



16:29 和歌山県 - -
大団扇
 


1932年 粉河町(現:紀ノ川市粉河地区)のお祭りです。

高さ4m、重さ30kgを越える大きな団扇(うちわ)です。

団扇は扇風機に押されるまではこの街の産業で
古くは紀州藩主が参勤交代の折、江戸へのお土産にしたそうです。

お祭りや奉納の時に、実際の何倍もの大きさの品物を作るのは
各地で見る事が出来ます。

下駄やわらじ、鏡餅などが有名ですね。

神仏への敬意と、技術や流通量の誇示が目的ですが
わらじ等はそれを履く程の大男の存在を畏怖させる事で
他国者や盗賊の、村落への侵入や
聖域である山への入山を防ぐ効果もあったそうです。

09:49 和歌山県 - -
今も生きている「尺貫法」
農村

大正11年の農村です。

人力と馬だけの静かな農耕風景ですが
いったいどのくらいの面積を彼らは耕すのでしょうか。

昔は米1石(こく)は大人1人が1年に食べるお米の量とされ
1石の収穫が上げられる田の面積を1反(たん)としていたそうです。

私の住む家の隣は田圃になっているのですが、ある日、
そこを耕しているお百姓さんとお話しする機会がありました。
跡継ぎの息子さん自慢から田圃の話になった時、
「道の向こうに、あと三反ほどあって全部で七石程かなぁ」と
方々に散らばる自前の田圃の規模や穫れ高を
すべて石と反で話されていて驚きました。

日本は明治24年に尺貫法と併用してメートル法を導入、
大正10年には、尺貫法を廃止しました。

そんな単位は、年貢米や一揆とともに
教科書で習ったきりでしたが
今でもちゃんと使われていたのです。

18:41 撮影地不明 - -
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